2009年11月6日金曜日

オッド・トーマスの霊感





 子供の頃からホラー小説が好きで,よく読んでいた.

 10代のころは,スティーブン・キングとディーン・R・クーンツという二人がホラーの巨匠と並び称されていて,この二人の小説はあらかた読んでいたように思う.全篇が陰鬱で恐怖に満ち溢れ,時としてそのまま絶望的な結末に至るキングに対し,愛とか友情とか,「善なるもの」に対する信頼にあふれていて,大抵は幸せなエンディングを迎えるクーンツの方を元々は好んていたが,少なくとも最近読む限り,キングがどんどん人生の本質に近づいた作品を書いている気がして自分の中でも評価が高いのは,キングが成長したからか,それとも自分が成長したからだろうか.

 実際キングはその後数々のヒット作品で知名度を上げていったのに対し,クーンツは幾つかの不幸な出版事情などが重なったせいもあって,日本では殆ど名の知られない作家になってしまった.

 先週本屋でこの新刊を見て,今もクーンツが作品を書き続けている事を知った.クーンツも既に60歳,この久しぶりの新作では,彼が還暦を迎えるまでに恐らくつかんだのだろう(しばしば苦い)人生の本質的な成分と,その40年にわたる作家生活の間じゅう保ち続けた「善なるもの」への信頼とが,稀有な結合をして,クーンツにとっての最高傑作に仕上がっている.

 読み始めには,この安っぽい題名と,一人称で始まるどことなく軽薄な文章とが,これまた稀有な結合をしていて(ちなみに原題はOdd Thomas,少なくとも安っぽくはない),つまらない本を買ってしまったかと心配したのだったが,気がつくと周りの出来事が目に入らないくらいストーリーに集中してしまっていて,そんな感覚はキングの作品を読んでいても最近感じることのないものだった.そして物語が後半にさしかかるにつれ,この軽薄さすら作者の計算だった,という事に気づくことになる.
  
 本国アメリカでの人気もさることながら,クーンツ自身この作品で何かをつかんだ様子で,シリーズとして5-6作品が発表される予定だという.

 60歳になってクーンツの人生の第二の波がやってくるとすれば,クーンツの様に「善なるもの」を信頼し続ける人生も,いつか報われることがあるのでは,という気が確かにしてくる.