2009年10月30日金曜日

Frigo Est


 先月ベルギーに行った.行ってみて認識した事は,いわゆるベルギー料理,と日本で呼ばれているものは基本的に庶民の料理で,ベルギーでも畏まったレストランで食べるのはフランス料理である,という事だ.
 勿論旅行中は,その所謂ベルギー料理,ばかり食べていたわけだが,味付けは高級フランス料理より単純である分,分かりやすくおいしいものが多かった.ベルギーは美食大国ともいわれるが,こういう普段使いの料理のおいしさが,その背景にあるのかもしれない.

http://www.eurobeer.net/frigo-est/
 水道橋にあるこのお店のシェフは,昔ベルギーのレストランで修業したのだとか.ここでは気取らない,しかしレベルの高いベルギー料理が,豊富なベルギービールと一緒においしく食べられる.

 
 ベルギービールは,一説によれば全部で1500種類.ベルギーの総人口が1000万人程度であることを考えると,その種類は極端と言ってよいくらい多い.ちなみに何故かは定かではないが,ベルギーではワインが作れないのだそうで,そこでベルギーの人々は,ワイン代わりに多種多様に楽しむべく,多種多様のベルギービールを生み出した,と言われている.
 その中には,thirst quencherとして,とりあえずのどの渇きを潤すためのビールもあれば,ワインと同じ14度ものアルコール度数のビールや,デザートの様に甘く楽しむビールもあり,確かに知識さえあれば,ワインよろしくどんな食事とも合わせる事ができそうだ.


 そういえば先日テレビを見ていたら,スコットランドの人が,畏まった席で食事をしながら,スコッチを原液でガブガブ飲んでいた.スコッチのアルコール度数は40度.場所柄,高級で香り高いスコッチなのかもしれないが,これでは日本人とは相当違う味覚になるだろうな,と思った.


2009年10月23日金曜日

The Köln Concert


http://www.youtube.com/watch?v=qMN4U-Alqfc&feature=related
 

 初めてキース・ジャレットの曲を聴いたのは,いつの事だったか.学校の演奏会で誰かがこの曲を弾いていたのだと思うが,私の頭の中では,その時のはっきりした記憶がないまま,場面は中学生か高校生の頃,このCDを買って自宅で聴いているところに飛んでしまう.

 キース・ジャレットは,コンサートを行う街の空気や佇まいにインスピレーションを受けて,即興で曲を演奏するのだという.だから彼のピアノ・ソロのCDは,その殆どがライブ録音で,コンサートが開かれた場所の名前が付けられている.曲名も,その日に弾いた曲が番号順に(あるいはアルファベットを用いて)並んでいる無味乾燥なものだ.しかしそんな風に名付けられた曲は,名前が機械的であるが故に,逆に存在感を増すかの様で,この曲の Köln, pat 2c という名前も,不思議にその硬質で美しい響きによく合うように感じられる.

 いつから聴いているのか分からないくらい,この曲は自分の中で自然な存在になったが,今聴いてもいつも心動かされて,ケルンには行った事がないし,曲が作られたのも30年前になるけれど,いまケルンに行ったらこの曲の何かをその空気に感じられたりするのだろうか,などと思ったりする.


2009年10月16日金曜日

雪沼とその周辺

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一番好きな本の話から.

本屋で平積みになっている本の中から,その時の気分に合わせて,ジャケ買いよろしくカバーと題名だけで未知の作家のものを選んで買ってみる,という衝動的な事を時々する.

 確かいつかのお正月近く,近所の本屋でこの本の表紙を見て,静かな佇まいがその時の気分にしっくりきて,何か別の本と一緒に買った.実際には何カ月も経ってから,気分も無関係に,他に読む本がなくて仕方なしに読み始めたのだったが.

 それ以来,何回も読みなおしていて,おそらく一番好きな本の一つ,少なくとも,「自分はこれが好き」と人に薦めたい一番の本だという気がする.

 雪沼という架空の土地を舞台に住人の暮らしがやわらかい言葉でつづられ,そのあり様は「静謐」という言葉がよく似合うが,あくまで紳士的に描かれる人々の心の微妙な綾が,読み手の胸に確かに響く.

 それぞれの短編の最後の一文は,それまで淡々としているかに思える筆致が急に勢いを増して,しばしば数行をも費やすような長い一文で,力強く読み手に一気に迫る.これは堀江さんが,物語の最後にようやく「日本語」という自分の伝家の宝刀を抜くかの様で,こちらはそれに完全にやられてしまう.
 まあ彼は元々はフランス文学者なのだが.